共同性・関係性についての研究会 第2回:報告資料
2013年10月18日
アンソニー・ギデンズ『親密性の変容』、松尾精文・松川昭子訳、而立書房、1995年
§ 第3章「ロマンティック・ラブ等の愛着」 61-76頁
愛情:自我を圧倒するもの。癒す力を有するが、病気に近いものとして描かれる
《情熱恋愛》・情熱的愛情
→愛情と性的愛着とがひとつに結びついたもので、人類史において普遍的な現象。社会的秩序を破壊する危険性→結婚生活の必要条件でも、十分条件でもなかった。情熱的愛情をとおして永遠の愛を望み、悲劇に終わる物語が多数
「ロマンティック・ラブ」という文化的にかなり特異な感情の分析
歴史:
l 【婚姻】前近代のヨーロッパにおける婚姻は、経済的事情をもとに行われていた→農業労働力の調達。辛い労働に追われ、貧しいセックス・ライフ
l 【セクシュアリティ】しかし、男性は頻繁な婚外性交渉。女性も、貴族階級においては、生殖の要求や家事から解放されていたため、性的放縦が公然と許されていた→権力の表出)
l 【ロマンティック・ラブ】結婚生活における禁欲的な側面と、婚外性交渉の情欲的な側面との分化は、ヨーロッパ以外の貴族階級にも存在した。ヨーロッパ特有なものは、「キリスト教の倫理観と密接に結びついた愛情を理想化する観念の出現」(64頁)
→情熱的愛情における束の間の相手の理想化が、愛情対象へのより永続的な没頭へと変容
l 18世紀後半以降、一人ひとりの生に物語性―「ロマンス」―をもたらし、小説の登場とも重なる:新たな上述形式の1つ→「個別個人化した話し方」
l ロマンティック・ラブと結びついた観念の複合体
→愛情と自由の規範化による伝統からの解放
→「崇高な愛情」「高潔さ」という観念による性的熱中の制限。プロテスタンティズムの倫理との類似性。相手を「特別な存在」として際立たせる
→情熱的愛情のエロス的強迫衝動とは区別される、自分の人生を価値あるものにしてくれる者への「一目惚れ」=「相手の人柄の直感的把握」
l 19世紀における「ロマンス」という観念→伝統の余韻を残しつつ、人生に感動をもたらす心理的安心感の一形態+未来を統制するための潜在的手段=未来のコロニー化
ロマンティック・ラブに対する批判:女性に幻想を見せることによって男性支配を維持させる男性たちによる企み
→女性自身が、ロマンティック・ラブの普及に多大な役割を果たしてきた
ロマンティック・ラブにたいする、女性の、抑圧されたこだわりの増大:
【家庭の発生・親子関係の変化・「母性概念の創出」】
→19世紀後半:工業化→家庭と職場との分離による、男性による家庭の直接的支配の低下。家族規模の縮小と、子どもに対する長期に及ぶ感情訓練。「家父長制的権威から母性的情愛へ」。「母性概念」による《情熱恋愛》の制御
男性:情婦や娼婦による、ロマンティック・ラブと《情熱恋愛》との緊張関係の解消
女性:ロマンティック・ラブと母性概念との一体化による、親密な関係性の新たな領域の開発
→女性同士の対等な友情
空想恋愛の文学
1) 貪欲な消費=受動的態度の証拠→現実での挫折を受け入れることのできない弱さ
2) 拒否の文学→安定した家庭生活を理想とする考え方を拒否
→ロマンティック・ラブの普及:他の社会変動と、個人生活や結婚生活に影響を及ぼしていった重大な転換との密接な関係
→《情熱恋愛》とは異なる形で、諸個人を広い社会生活環境から解き放つ
=「夫婦関係を家族組織の他の側面から切り離し、夫婦関係を最重要視する『共有の歴史』を創り出していった」(72頁)
ロマンティック・ラブの意味合い
1) 相手に思いを注ぎ、理想化すること
2) 将来の展開の道筋を予想し、明示していくこと→物語性・未来のコロニー化
ロマンティック・ラブへの2つの解釈
1) 女性が理想の夫と出会うための手段
2) 互いに物語性をもった相互の履歴を造り出していく過程=感情的対話の作法
§ 第四章「愛情、自己投入、純粋な関係性」 77-99頁
☆自らの恋愛に関する物語を構築することのできる女子→テーマは「ロマンスの探求」
l 男子にとって性の初体験は利得であるが、女子にとっての処女性は、捧げる最適な時と条件をどのように選択して物語性に組み込むかが重要になる
l ロマンスの探求は受動的熱望ではなく、精神的に苦しく不安だらけの、未来に参加していくための積極的な過程
l 異性愛に限らない
↓
「厄介な任務」:セックスと生殖とを結び付けている観念との闘いを通じての、性の自由の活用
→既存の行動理念や行動様式(=性の二重の道徳規範の容認、「母親になるという蠅取り紙的願望」、永遠の愛を得たいという望み)への逃避
l 再帰性の高い社会(=「自然」「伝統」〔=外的基準〕が退却した社会)において、女子はセックスや関係性、女性の位置づけに関する膨大な議論に接する
l その際に、自らの人生を実質的に掌握するために闘っていかねばならない「ロマンティック・ラブにたいする抑圧されたこだわり」は、結婚とだけ結びついているわけではない。実際、人生の多くの時間を有給労働につくこと、仕事上の能力が将来自立するための基盤であることを自覚している。
l しかし、仕事を人生の軸にすえる女子はごく少数で、その子らも話題を直ぐにロマンスに変えて男性との理想的な関係への願望を見せる
☆女性が親元を去ること:結婚→自立
男性:「私」
女性「私たち」=誰かとの愛情関係によって、「個別個人化した話し方」は保証される
→結婚を一契機とした、物語性をもった相互の履歴の構築(「方向づける」)
ウェンディのライフ・ヒストリー:再帰的な自己認識過程の高まり
・厳格な家庭→駆け落ち
・結婚=「大人への仲間入り」→促進される独立心
・物質的依存を前提(結婚しないという選択肢は考えられなかった)
・主婦だけの生活への嫌悪(母親の生き方への反発)→学校の教員
・夫との死別→結婚生活への依存の自覚
・再婚は自分を取り戻すために不可欠だったが、広い視野を持つようになっていた→努力によって自らの人生を方向づけることができた
・家庭にも仕事にも喜びを見出すようになり、仕事への執着はなくなった
ヘレン
・大学生の時に、名声を確立し始めていた教授と結婚→ヘレンの自尊心は夫の業績に依存
・夫からの離婚通告+実家からの支援の欠如→自暴自棄、孤独感
・仕事をしながら大学を卒業、最終的には出版社で編集者として成功
・自らの人生を方向づけようとするよりも、当てもなくさ迷う→自己嫌悪、虚しさ
・「35歳の時に私は生きる屍となったのです」(87頁)
結婚:自立の主張・自己のアイデンティティを確立するための手段
女性性を拒否せずに、伝統・慣習に反発→緊張に満ちた過程
開拓者
ロマンティック・ラブ:「親密な関係性の諸問題の専門家となった女性たちによる、未来を統制するための自己の位置づけ」(88頁)
初期近代:愛情と結婚との不可避的な結びつき
→「婚姻と、婚姻が伝統的に結びついてきた『外的』要因との切り離し」
男性・経済的成功・未来のコロニー化≠女性・ロマンティック・ラブ・未来のコロニー化
→男性にとっての愛情≒《情熱恋愛》
ウェンディやヘレンの若かりし頃において、婚姻は伝統から完全には解放されていなかったが、高い度合の再帰性を帯びつつあった
→結婚とは、「『男を見つける』だけの問題ではなく、二人の母親たちの世代のものとは異なったかたちの課業や関心事とも結びついていた」(89頁)
↓
第1章で論じられた重要な変化の準備段階
結婚をあまり話題にしない10代の女子→婚姻そのものよりも、関係性への着目(=《純粋な関係性》への移行)
《純粋な関係性》
=「性的純潔さとは無関係であり、また、たんなる記述概念でなく、むしろ限定概念」
=「社会関係を結ぶというそれだけの目的のために、つまり、互いに相手との結びつきを保つことから得られるもののために社会関係を結び、さらに互いに相手との結びつきを続けたいと思う十分な満足感を互いの関係が生みだしていると見なす限りにおいて関係を続けていく、そうした状況」(90頁)
愛情とセクシュアリティとの結びつきの際の媒介変数:婚姻→《純粋な関係性》
純粋な関係性は異性愛婚姻に限らない
→自由に塑型できるセクシュアリティの発達との連動
「ロマンティック・ラブにたいする抑圧されたこだわり」を起動力とする、「純粋な関係性」+「自由に塑型できるセクシュアリティ」の形式化(≒『プロ倫』のテーゼ)
☆男性の変化について
「堅固な特権の保守反動的擁護者という役割を与えられた」だけ
18世紀後半から今日(1992年)にいたるまで、変化についていけていない
つい最近まで、男性の活動が「歴史」を形成し、女性は伝統を繰り返しているだけだと思い込んでいた
ロマンティック・ラブによる影響
l ロマンティスト=「女性の力に屈服してしまった、きざな夢追い人」(92頁)。にもかかわらず、女性を自分と対等な存在として見なさない。親密な関係性の探求ではなく、前時代的な振る舞いへの加担
→「未来のコロニー化や自己のアイデンティティの構築と結びつけて一人ひとりの生き方を秩序づける様式として、愛情の本質を直感的に理解してきた人間ではない」(92頁)
→ロマンティック・ラブと親密な関係性との結びつきの抑制→口説き落としという面で「愛情問題の専門家」
男性が欲するもの:物質的な報酬と、男性どうしの連帯の儀礼と結びついた地位
男性にとって自己のアイデンティティは、仕事のなかに探し求めるべきものだった
→未来のコロニー化のためには、「自己という再帰的自己自覚的達成課題が過去の感情的再構成を必然的にともなうことを、男性は認識し損なってきた」(94頁)
→男性の女性にたいする感情的依存
☆「ロマンティック・ラブにたいする抑圧されたこだわり」と「純粋な関係性」との対立
女性の性的解放と自立を求める圧力→ロマンティック・ラブの崩壊
X「自己投影同一化」X
《ひとつに融け合う愛情》
=「能動的な、偶発的な愛情」
=「ロマンティック・ラブにたいする抑圧されたこだわりの有す『永遠』で『唯一無二』な特質とは矛盾していく」(95頁)
→「別居や離婚の顕著な社会」は、《ひとつに融け合う愛情》が出現した結果
《ひとつに融け合う愛情》が現実の可能性として強まる
→「特別な人」から「特別な関係性」
<それに対して・・・>
理念としてのロマンティック・ラブ
→「関係性が外部社会の基準よりも二人の感情的没頭に由来するという」平等主義的傾向(95頁)
現実としてのロマンティック・ラブ
→「権力によって徹底的に歪曲され」「家庭生活への容赦ない隷属をもたらしていった」(96頁)
《ひとつに融け合う愛情》の想定が強まるほど、《純粋な関係性》の原型に近づく
愛情:親密な関係性(=「互いに相手にたいしてどれだけ関心や要求をさらけ出し、無防備になれる覚悟ができているか」(96頁))の度合に応じて、進展していく
<しかし>
男性の女性にたいする隠蔽された感情的依存
→相手にたいして無防備になる気持ちを抑制してしまう
↑
(ロマンティック・ラブ:魅力的な男性を、よそよそしい、近寄りがたい存在として描写してきた=感情的・私的対話が求められるのは、常に女性だった)
→男性は感情的に傷つきやすいという新たな認識
【《性愛術》】
ロマンティック・ラブでは除外され、《ひとつに融け合う愛情》において導入された
→「相互の性的快楽の達成を、関係性の維持か解消かを判断する主要な要素」(96頁)
→《性愛術》の獲得が、再帰的自己自覚的に行われるようになる
X性的排他性X
ロマンティック・ラブは、潜在的には性の差異を無視する傾向があるが、実際には異性愛者の関係性に顕著にみられた
「ひとつに融け合う愛情とは、その人のセクシュアリティが、関係性の重要な要素として達成していかなければならないもののひとつになっていくような愛情関係」(98頁)
→「自己のアイデンティティや人格的自立との関連性について論じていく必要」
→「心理療法の研究所や自助精神療法のマニュアルを議論の手がかりとして」活用(98頁)
疑問点・論点
l 「Xを起動力とするYの出現と、Yの自律運動化(=形式化)によるXの消滅」のテーゼについて
ヴェーバーへの言及(65頁)
l 「理念」、「社会経済状況」、「権力」の関係性
上部構造・下部構造への言及(95頁)
権力への言及(96頁)
l 欧米と日本における、「親密性の変容」の相違点
「男性のコミュ力<女性のコミュ力」は近代国家において共通した現象か
1990年代から?
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