共同性・関係性についての研究会

2013年

10月

28日

第三回研究会のレジュメ

 

共同性・関係性についての研究会 第2回:報告資料

 

20131018

 

 

 

アンソニー・ギデンズ『親密性の変容』、松尾精文・松川昭子訳、而立書房、1995

 

 

 

§ 第3章「ロマンティック・ラブ等の愛着」 6176

 

 

 

愛情:自我を圧倒するもの。癒す力を有するが、病気に近いものとして描かれる

 

 

 

《情熱恋愛》・情熱的愛情

 

→愛情と性的愛着とがひとつに結びついたもので、人類史において普遍的な現象。社会的秩序を破壊する危険性→結婚生活の必要条件でも、十分条件でもなかった。情熱的愛情をとおして永遠の愛を望み、悲劇に終わる物語が多数

 

 

 

「ロマンティック・ラブ」という文化的にかなり特異な感情の分析

 

 

 

歴史:

 

l   【婚姻】前近代のヨーロッパにおける婚姻は、経済的事情をもとに行われていた→農業労働力の調達。辛い労働に追われ、貧しいセックス・ライフ

 

l   【セクシュアリティ】しかし、男性は頻繁な婚外性交渉。女性も、貴族階級においては、生殖の要求や家事から解放されていたため、性的放縦が公然と許されていた→権力の表出)

 

l   【ロマンティック・ラブ】結婚生活における禁欲的な側面と、婚外性交渉の情欲的な側面との分化は、ヨーロッパ以外の貴族階級にも存在した。ヨーロッパ特有なものは、「キリスト教の倫理観と密接に結びついた愛情を理想化する観念の出現」(64頁)

 

→情熱的愛情における束の間の相手の理想化が、愛情対象へのより永続的な没頭へと変容

 

l   18世紀後半以降、一人ひとりの生に物語性「ロマンス」をもたらし、小説の登場とも重なる:新たな上述形式の1つ→「個別個人化した話し方」

 

l   ロマンティック・ラブと結びついた観念の複合体

 

 →愛情と自由の規範化による伝統からの解放

 

 →「崇高な愛情」「高潔さ」という観念による性的熱中の制限。プロテスタンティズムの倫理との類似性。相手を「特別な存在」として際立たせる

 

 →情熱的愛情のエロス的強迫衝動とは区別される、自分の人生を価値あるものにしてくれる者への「一目惚れ」=「相手の人柄の直感的把握」

 

l   19世紀における「ロマンス」という観念→伝統の余韻を残しつつ、人生に感動をもたらす心理的安心感の一形態+未来を統制するための潜在的手段=未来のコロニー化

 

 

 

ロマンティック・ラブに対する批判:女性に幻想を見せることによって男性支配を維持させる男性たちによる企み

 

→女性自身が、ロマンティック・ラブの普及に多大な役割を果たしてきた

 

 

 

ロマンティック・ラブにたいする、女性の、抑圧されたこだわりの増大:

 

【家庭の発生・親子関係の変化・「母性概念の創出」】

 

19世紀後半:工業化→家庭と職場との分離による、男性による家庭の直接的支配の低下。家族規模の縮小と、子どもに対する長期に及ぶ感情訓練。「家父長制的権威から母性的情愛へ」。「母性概念」による《情熱恋愛》の制御

 

 

 

男性:情婦や娼婦による、ロマンティック・ラブと《情熱恋愛》との緊張関係の解消

 

女性:ロマンティック・ラブと母性概念との一体化による、親密な関係性の新たな領域の開発

 

→女性同士の対等な友情

 

 

 

空想恋愛の文学

 

1)    貪欲な消費=受動的態度の証拠→現実での挫折を受け入れることのできない弱さ

 

2)    拒否の文学→安定した家庭生活を理想とする考え方を拒否

 

 

 

→ロマンティック・ラブの普及:他の社会変動と、個人生活や結婚生活に影響を及ぼしていった重大な転換との密接な関係

 

→《情熱恋愛》とは異なる形で、諸個人を広い社会生活環境から解き放つ

 

=「夫婦関係を家族組織の他の側面から切り離し、夫婦関係を最重要視する『共有の歴史』を創り出していった」(72頁)

 

 

 

ロマンティック・ラブの意味合い

 

1)    相手に思いを注ぎ、理想化すること

 

2)    将来の展開の道筋を予想し、明示していくこと→物語性・未来のコロニー化

 

 

 

ロマンティック・ラブへの2つの解釈

 

1)    女性が理想の夫と出会うための手段

 

2)    互いに物語性をもった相互の履歴を造り出していく過程=感情的対話の作法

 

 

 

§ 第四章「愛情、自己投入、純粋な関係性」 7799

 

 

 

☆自らの恋愛に関する物語を構築することのできる女子→テーマは「ロマンスの探求」

 

 

 

l   男子にとって性の初体験は利得であるが、女子にとっての処女性は、捧げる最適な時と条件をどのように選択して物語性に組み込むかが重要になる

 

l   ロマンスの探求は受動的熱望ではなく、精神的に苦しく不安だらけの、未来に参加していくための積極的な過程

 

l   異性愛に限らない

 

 

「厄介な任務」:セックスと生殖とを結び付けている観念との闘いを通じての、性の自由の活用

 

→既存の行動理念や行動様式(=性の二重の道徳規範の容認、「母親になるという蠅取り紙的願望」、永遠の愛を得たいという望み)への逃避

 

 

 

l   再帰性の高い社会(=「自然」「伝統」〔=外的基準〕が退却した社会)において、女子はセックスや関係性、女性の位置づけに関する膨大な議論に接する

 

l   その際に、自らの人生を実質的に掌握するために闘っていかねばならない「ロマンティック・ラブにたいする抑圧されたこだわり」は、結婚とだけ結びついているわけではない。実際、人生の多くの時間を有給労働につくこと、仕事上の能力が将来自立するための基盤であることを自覚している。

 

l   しかし、仕事を人生の軸にすえる女子はごく少数で、その子らも話題を直ぐにロマンスに変えて男性との理想的な関係への願望を見せる

 

 

 

☆女性が親元を去ること:結婚→自立

 

男性:「私」

 

女性「私たち」=誰かとの愛情関係によって、「個別個人化した話し方」は保証される

 

→結婚を一契機とした、物語性をもった相互の履歴の構築(「方向づける」)

 

 

 

ウェンディのライフ・ヒストリー:再帰的な自己認識過程の高まり

 

・厳格な家庭→駆け落ち

 

・結婚=「大人への仲間入り」→促進される独立心

 

・物質的依存を前提(結婚しないという選択肢は考えられなかった)

 

・主婦だけの生活への嫌悪(母親の生き方への反発)→学校の教員

 

・夫との死別→結婚生活への依存の自覚

 

・再婚は自分を取り戻すために不可欠だったが、広い視野を持つようになっていた→努力によって自らの人生を方向づけることができた

 

・家庭にも仕事にも喜びを見出すようになり、仕事への執着はなくなった

 

 

 

ヘレン

 

・大学生の時に、名声を確立し始めていた教授と結婚→ヘレンの自尊心は夫の業績に依存

 

・夫からの離婚通告+実家からの支援の欠如→自暴自棄、孤独感

 

・仕事をしながら大学を卒業、最終的には出版社で編集者として成功

 

・自らの人生を方向づけようとするよりも、当てもなくさ迷う→自己嫌悪、虚しさ

 

・「35歳の時に私は生きる屍となったのです」(87頁)

 

 

 

結婚:自立の主張・自己のアイデンティティを確立するための手段

 

女性性を拒否せずに、伝統・慣習に反発→緊張に満ちた過程

 

開拓者

 

 

 

ロマンティック・ラブ:「親密な関係性の諸問題の専門家となった女性たちによる、未来を統制するための自己の位置づけ」(88頁)

 

 

 

初期近代:愛情と結婚との不可避的な結びつき

 

→「婚姻と、婚姻が伝統的に結びついてきた『外的』要因との切り離し」

 

男性・経済的成功・未来のコロニー化≠女性・ロマンティック・ラブ・未来のコロニー化

 

→男性にとっての愛情≒《情熱恋愛》

 

 

 

ウェンディやヘレンの若かりし頃において、婚姻は伝統から完全には解放されていなかったが、高い度合の再帰性を帯びつつあった

 

→結婚とは、「『男を見つける』だけの問題ではなく、二人の母親たちの世代のものとは異なったかたちの課業や関心事とも結びついていた」(89頁)

 

 

1章で論じられた重要な変化の準備段階

 

結婚をあまり話題にしない10代の女子→婚姻そのものよりも、関係性への着目(=《純粋な関係性》への移行)

 

 

 

《純粋な関係性》

 

=「性的純潔さとは無関係であり、また、たんなる記述概念でなく、むしろ限定概念」

 

=「社会関係を結ぶというそれだけの目的のために、つまり、互いに相手との結びつきを保つことから得られるもののために社会関係を結び、さらに互いに相手との結びつきを続けたいと思う十分な満足感を互いの関係が生みだしていると見なす限りにおいて関係を続けていく、そうした状況」(90頁)

 

 

 

愛情とセクシュアリティとの結びつきの際の媒介変数:婚姻→《純粋な関係性》

 

 

 

純粋な関係性は異性愛婚姻に限らない

 

→自由に塑型できるセクシュアリティの発達との連動

 

 

 

「ロマンティック・ラブにたいする抑圧されたこだわり」を起動力とする、「純粋な関係性」+「自由に塑型できるセクシュアリティ」の形式化(≒『プロ倫』のテーゼ)

 

 

 

☆男性の変化について

 

 

 

「堅固な特権の保守反動的擁護者という役割を与えられた」だけ

 

18世紀後半から今日(1992年)にいたるまで、変化についていけていない

 

つい最近まで、男性の活動が「歴史」を形成し、女性は伝統を繰り返しているだけだと思い込んでいた

 

 

 

ロマンティック・ラブによる影響

 

l  ロマンティスト=「女性の力に屈服してしまった、きざな夢追い人」(92頁)。にもかかわらず、女性を自分と対等な存在として見なさない。親密な関係性の探求ではなく、前時代的な振る舞いへの加担

 

→「未来のコロニー化や自己のアイデンティティの構築と結びつけて一人ひとりの生き方を秩序づける様式として、愛情の本質を直感的に理解してきた人間ではない」(92頁)

 

→ロマンティック・ラブと親密な関係性との結びつきの抑制→口説き落としという面で「愛情問題の専門家」

 

 

 

男性が欲するもの:物質的な報酬と、男性どうしの連帯の儀礼と結びついた地位

 

男性にとって自己のアイデンティティは、仕事のなかに探し求めるべきものだった

 

→未来のコロニー化のためには、「自己という再帰的自己自覚的達成課題が過去の感情的再構成を必然的にともなうことを、男性は認識し損なってきた」(94頁)

 

→男性の女性にたいする感情的依存

 

 

 

☆「ロマンティック・ラブにたいする抑圧されたこだわり」と「純粋な関係性」との対立

 

 

 

女性の性的解放と自立を求める圧力→ロマンティック・ラブの崩壊

 

 

 

X「自己投影同一化」X

 

 

 

《ひとつに融け合う愛情》

 

=「能動的な、偶発的な愛情」

 

=「ロマンティック・ラブにたいする抑圧されたこだわりの有す『永遠』で『唯一無二』な特質とは矛盾していく」(95頁)

 

→「別居や離婚の顕著な社会」は、《ひとつに融け合う愛情》が出現した結果

 

 

 

《ひとつに融け合う愛情》が現実の可能性として強まる

 

→「特別な人」から「特別な関係性」

 

<それに対して・・・>

 

理念としてのロマンティック・ラブ

 

→「関係性が外部社会の基準よりも二人の感情的没頭に由来するという」平等主義的傾向(95頁)

 

現実としてのロマンティック・ラブ

 

→「権力によって徹底的に歪曲され」「家庭生活への容赦ない隷属をもたらしていった」(96頁)

 

 

 

《ひとつに融け合う愛情》の想定が強まるほど、《純粋な関係性》の原型に近づく

 

愛情:親密な関係性(=「互いに相手にたいしてどれだけ関心や要求をさらけ出し、無防備になれる覚悟ができているか」(96頁))の度合に応じて、進展していく

 

<しかし>

 

男性の女性にたいする隠蔽された感情的依存

 

→相手にたいして無防備になる気持ちを抑制してしまう

 

 

(ロマンティック・ラブ:魅力的な男性を、よそよそしい、近寄りがたい存在として描写してきた=感情的・私的対話が求められるのは、常に女性だった)

 

 

 

→男性は感情的に傷つきやすいという新たな認識

 

 

 

【《性愛術》】

 

ロマンティック・ラブでは除外され、《ひとつに融け合う愛情》において導入された

 

→「相互の性的快楽の達成を、関係性の維持か解消かを判断する主要な要素」(96頁)

 

→《性愛術》の獲得が、再帰的自己自覚的に行われるようになる

 

 

 

X性的排他性X

 

 

 

ロマンティック・ラブは、潜在的には性の差異を無視する傾向があるが、実際には異性愛者の関係性に顕著にみられた

 

「ひとつに融け合う愛情とは、その人のセクシュアリティが、関係性の重要な要素として達成していかなければならないもののひとつになっていくような愛情関係」(98頁)

 

 

 

→「自己のアイデンティティや人格的自立との関連性について論じていく必要」

 

→「心理療法の研究所や自助精神療法のマニュアルを議論の手がかりとして」活用(98頁)

 

 

 

 

 

疑問点・論点

 

 

 

l   Xを起動力とするYの出現と、Yの自律運動化(=形式化)によるXの消滅」のテーゼについて

 

ヴェーバーへの言及(65頁)

 

 

 

l   「理念」、「社会経済状況」、「権力」の関係性

 

上部構造・下部構造への言及(95頁)

 

権力への言及(96頁)

 

 

 

l   欧米と日本における、「親密性の変容」の相違点

 

「男性のコミュ力<女性のコミュ力」は近代国家において共通した現象か

 

1990年代から?

 

 

 

 

 

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2013年

10月

12日

第二回研究会の論点

アンソニー・ギデンズ『親密性の変容』松尾精文・松川昭子訳、而立書房、1995年
序論・1・2

論点
①ギテンズの論における権力の位置づけ
・制度的再帰的自己自覚と権力の関係はどうなっているのか?

ギテンズは、言説がそれ自体社会的現実の構成要素を形作る現象を、「制度的再帰性」として表現している。フーコーにおいて、「権力知」の一方的侵入と捉え られていたこれらの現象を、ギテンズは再考察しているわけであるが、ギテンズの論では、そもそも権力をどう定義するかを論じていない。
監視し、可視化され、イゾトピー的な「規律権力」は、「再帰性」とどう異なるのか、ギテンズは詳細を語っていないように思われる。

※フーコーの規律権力は、君主権的権力と対立するものであり、身体と権力が結合する場において働くものである。規律権力は、第一に、個人の身体、時間、行 動様式を捕獲し、主従関係といった非対称的なメカニズムを排除したものである。第二に、規律権力は、連続的な監視による。これは、行動様式、言説などが記 録されることにより、可視化された身体が制度によって中央で管理されるということである。第三に、規律がイゾトピー的であることで、システム内での位置の 移動が連続的に行えるという特徴をフーコーは挙げている。

→議論の1つの方向として、制度的再帰的自己自覚的な作用が働く空間や関係の構造を明らかにする必要がある。親密性の存在する場所、制度的である社会と親 密な場はどう関係しているか。言説が生まれる際、一般の人々はどう関係しているのか。これらについて、規律権力との違いはあるかも加えて議論するべきだろ う。

②カミングアウトとアイデンティティー形成の関係性について
・性的なカミングアウトとアイデンティティー形成の関係性は自明なのか?
・同性愛・自慰以外のカミングアウトの作用はそれらと同様であるか?

例えば、私はロリコンですとカミングアウトした時、それによって、肯定的なアイデンティティーは生まれるのか。生まれないとしたら、なぜ同性愛と自慰は特 別なのか。カミングアウトには、確かに、タブーを無毒化する力があると思われるが、その過程についての議論がなされていない。

③ロマンティック・ラブとは?
・ロマンティック・ラブは日本でもあったのか?
・イギリスのラブロマンスはどんなものなのか?

そもそもロマンティック・ラブに対応する訳語が不明。ロマンティック・ラブ≒恋愛ともとれるが、訳中に「1つにとけあう愛情」、「情熱恋愛」など様々なタームが出てくるので今後注意して見ていく。
イギリスでは、17世紀のシェークスピアがラブロマンスの始めか?19世紀にはオースティンなどの女性に目を向けた小説家が出てくるが、その間は不明。

④主体について
今日、自己は、自分についての叙述を過去、現在、未来に照らし合わせてみたり、周りの何かに再帰的自己自覚することにより、自己アイデンティティーを確認 しなければならない。よって、今日の社会では、アイデンティティーは自己の中のみにあるのではなく、開かれているとも言える。ギテンズは、主体について厳 密に論じていないが、無意識下にあったものが、次第に意識下に降りてきて、選択を迫られる機会は増えていることを指摘している。どうしても、強迫的な性質 を持ちがちな近代のアイデンティティーの保持と、選択の度に民主的な解決を行い、自己について満足を得ることは両立できるのか、次回以降論じていく。

⑤用語の使い分け
訳中には、「再帰的自己自覚的」と「再帰性」と使い分けしている箇所も、原文ではreflexivityと区別されていなかった。この点について、訳者の意図についてもこの先注意して読み進めていく。
なお、再帰性と役にはあるが、reflex≒反射するという訳にあるように、自らを何かに照らし合わせて当てはめていく作業の繰り返しと取れるかもしれない。

⑥カルフォルニア風カルトとは?
ニューエイジのことかも。これについては、各自調査。

 

by K.K

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2013年

10月

11日

第二回研究会のレジュメ

アンソニー・ギデンズ『親密性の変容』松尾精文・松川昭子訳、而立書房、1995年
序論・1・2

報告者 蔭木


【要約】
〈序章〉
☆この論考の焦点
        →女性たちが極めて重要かつ一般化が可能な変化を切り開いてきた感情的秩序の問題
                →これらの変化は、「純粋な関係性」(=性的にも感情的にも対等な関係)が実現できる可能性を探求することと本質的に結びついている
                        →そうした対等な関係性(純粋な関係性)の構築は、性差に基づく既存の権力形態の打破を暗に意味する


☆主要な概念
ロマンティック・ラブ……(1
        ・女性の向上心に長い間影響を及ぼしてきた理念
        ・女性の置かれた状況に二重の強い影響
                ⒈女性を家庭という「女たちの居場所」に押し込める=純粋な関係性と緊張状態にある
                ⒉近代社会の有す「男性性」と積極的かつ根本的に結びつく=純粋な関係性を構築するための先駆け
                        ∵相手との間に永続性のある感情的きずなを、感情的きずなのもつ特質を基盤に確立できると想定されている

自由に塑型できるセクシュアリティ……(2
        =生殖という必要性から解放されたセクシュアリティ
        ・パーソナリティ特性として形成 ∴自己と本質的に緊密に結びつく
        ・セクシュアリティを勃起した男根による支配(=男性の性的経験の傲慢なまでの重要視)から解放
                →隠された感情の歴史=表向きの自己と切り離された、男性による性の追求という歴史
                        →男性による女性の性的支配が崩壊し始めるにつれて、男性のセクシュアリティが衝動脅迫的なものであることが明らかに
                                →男性の支配力衰退が男性の女性に対する暴力へと結びついている

親密な関係性の変容
        ⒈感情的緊密さの絶え間ない要求→抑圧的なものに
        ⒉対等な人間同士による人格的きずなの交流
                →公的領域における民主制と完全に共存できる形での、対人関係の領域の掛け値なしの民主化
        ⒊近代の諸制度全体を崩壊させる影響力
                ∵経済成長を最大限に求める社会から情緒的な満足感の獲得が重きをなす社会へ


〈1 日々の実験、関係性、セクシュアリティ〉
☆いくつかの変化について
従来信じられてきたこと(グラハムの一度目の結婚)
        ・女性=貞淑な女か尻軽な女に分けられる
                貞淑:性的誘惑に屈するのを、制度的庇護のもと拒否すること
                尻軽:世間体を重んじる社会の周縁に存在
        ・男性=身体の健康のために数多くの女性と性関係をもつ必要がある
                ∴婚前性交渉は好ましいこと
        ∴結婚後も男性と女性とで異なる性の二重の道徳規範が働く
                cf)妻の不貞行為は厳罰、夫の不貞は許しうる悪癖

男女平等が強まってきている今日(グラハムの二度目の結婚)
        相手に対する見地や接し方を根本的に改める必要
        「関係性」が重視され、「自己投入」や「親密な関係性」といった新たな用語が主役を演じる

社会変動と性行動(1990年のルービンの米国を対象とした研究より)
        ・性的活動の多様性の幅が広がった
                →特に十代の女の子たちの側での変化=何歳でも性行為を行う権利があると考えている
                →男の子たちは相変わらず純潔さを女の子に求めていた
                →男女とも、先行する世代の場合以上に結婚に対し性的期待を寄せている
                        →女性は性的快楽を与えるだけでなく享受することも求める
                                =性の二重の道徳規範を女性はもはや容認できない

同性愛における変化
                →キンゼイの報告書が出版された当時=同性愛が性心理学的障害
                →今日=倒錯という用語自体姿を消す
同性愛や自慰行為の表明(カミングアウト)がなされるようになったことの意味
                →ある社会現象が集合的な社会参加を通して承認され、変質させられていく再帰的自己自覚的過程の一例……(3
                →個人的人格的次元では、同性愛者であろうとなかろうと、セクシュアリティを自己の本質なり特性として幅広く言及できる状況をもたらす
                        →セクシュアリティが流動性の高いものに

同性愛者の「関係性」
        同性愛者は、伝統的に確立された婚姻という枠組みをもたずに、相対的に対等な立場で間柄を築く
                →「関係性」の構築において異性愛者に先行

☆問題提起
今日の「セクシュアリティ」
        =われわれ一人ひとりが手に入れ、育むもの
                ∴あらかじめ定められた規律として受け入れるような生得的身体条件ではない
        →可変性をもった自己の一面
        →身体や自己のアイデンティティと社会規範との根源的な接合点
        ・このような「セクシュアリティ」はどのように生じ、どのようなもので、どのように人が「自分のものにしていく」ものなのか?
 


〈2 フーコーのセクシュアリティ論〉
☆フーコーの主張(ギデンズの理解に基づく)
        ・抑圧仮説への批判
        ・セクシュアリティという概念の創出の経緯
                →近代的社会制度の形成とその強化にともなう、特有な過程の一部
                →教会での告解の内容(=「秘めごと」)への近づき=真理への接近
                        ∴セクシュアリティ(=「秘めごと」)はモダニティに特有な「真理の管理体制」の土台に
(要約者の補足:ギデンズがここで指摘したいことは、フーコーが、ヴィクトリア朝時代以降の教会における告解という社会的装置によってセクシュアリティについての言説が真理の探究という形をとって抑圧抜きに拡大した、と主張していることであろう)
        ・歴史的段階
                ・古代ギリシャ人:「自己管理」の促進
                ・キリスト教:自己は放棄すべき
                ・近代の自己の発達:「自己探究を目的としたカリフォルニア風カルト」

        →ギデンズの批判



                ・セクシュアリティに関する変化がどのように生じたのかは、性についての言説が果たす働き以外の要因に目を向ける必要がある

☆長期間にわたる趨勢
        ・ロマンティック・ラブという観念の広がり……(1
                →婚姻関係を経済的価値や親族関係から解き放し、夫婦のきずなに特別な意味をもたらした
        ・「家庭」という、労働と区別された独自の生活環境の出現
                →一人ひとりが情緒的な支援を期待できる場
        ・セクシュアリティが妊娠・出産から切り離される
        家庭規模の縮小
                ・近代的避妊法導入の条件かつ結果
                        →効果的避妊法によってセクシュアリティが多様な仕方で方向づけできる一人ひとりの潜在的「固有特性」に
                        →今日では人工授精が可能になり、セクシュアリティは生殖から完全に自立
                                =自由に塑型できるセクシュアリティの創出……(2
                                        →ここ数十年間に生じた性革命の前提条件

∴ここ三、四十年の間に生じた「性革命」の要素
        ⒈女性の性的自由の著しい変革
        ⒉同性愛の隆盛


☆再帰性
制度的再帰性
        =性にかんする言説が、その言説が描写する社会的現実の構成要素になる現象のありよう
                →フーコーはこれを「権力知」の一方的侵入と捉えたがそうではない
                ・制度的=近代という時代状況の中で社会活動を構成する基本的要素
                ・再帰的自己自覚的=社会生活を記述するために導入された用語が社会生活の中に日常的に入り込み社会生活を変容させていく……(3
                →セクシュアリティの実態について報告・分析・論評した文献が論争や新たな調査を生むという循環が、同時に一般の人々の性的営みにかんする見解や性へのかかわり方そのものを変えた
                ∴フーコーのいう告解制度とは無縁

近代社会における自己の発達
        ・自己のアイデンティティは近代の社会生活において著しく不確か
        特徴⒈自己のアイデンティティが「開かれている」
                →ゆえに精神分析は、自己自覚的に秩序づけられた自己についての叙述を作り出すための場と理論的概念的手段を提供するため重要性をもつ
        特徴⒉身体の「再帰性」
                →身体が自己のアイデンティティの歴然たる担体となっている
        →自己がすべての人にとって再帰的自己自覚的達成課題に……(3


倒錯という概念の衰退
        解釈⒈自由主義民主制国家での自己表現や自己表出の権利をめぐる闘いのある程度の成功
                but.闘いはなお続いている
        解釈⒉モダニティ拡大にともなう変化の一端
                モダニティ:かつては「自然現象」であったものが社会的に構成されたシステムが支配するようになること
                生殖の社会化には、異性愛がさまざまな嗜好形態のひとつとなる意味合いが暗に含まれる
        →こうした見解は、自由に塑型できるセクシュアリティの出現が最も重要な意味をもつ解釈につながっていく……(2


【論点】

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2013年

10月

05日

第一回研究会の追加情報(メール)

各位
 
本日はお疲れ様でした。
以下、追加の連絡事項です。
 
1.詳細な文献情報
アンソニー・ギデンズ『親密性の変容』而立書房、1995年
アマゾンには中古しか在庫ないようですが、新品がほしい方は紀伊国屋や丸善などの大きいところにいけば必ずあります。
 
2.進行
予定ではギデンズを5回で終わらせる予定です。
文献入手してもらえばわかりますが、10章立てなので基本的には一回2章のペースで進みます。
 
3.関連の文献
ちょっと話しましたが、数冊ばかり
 
J.C.ターナー『社会集団の再発見』誠信書房、1995年
→『親密性』に登場する心理学関連の概念の一般的定義を知る
 
ウルリッヒ・ベックほか『再帰的近代化―近現代における政治、伝統、美的原理』而立書房、1997年
→「再帰的近代化」論集
 
ウルリッヒ・ベックほか『リスク化する日本社会――ウルリッヒ・ベックとの対話』岩波書店、2011年
→日本の現代史をベースとした再帰的近代化論
アンソニー・ギデンズ『第三の道―効率と公正の新たな同盟』日本経済新聞社、1999年
→ブレア政権の道程となった「第三の道」論。『日本の新たな「第三の道」』という本も。
 
上野千鶴子『家父長制と資本制』岩波書店、2009年
→上野が1980年代終わりに書いたもの。近代社会の二重構造を説明している。
 
なにか質問等あれば気軽にメールください。
ではでは、今後ともよろしくお願いします。
 
 
蔭木 達也
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2013年

10月

05日

第一回で話したこと

本研究会の内容

 

本研究会では、人々の間の共同性や関係性の多様なあり方を学び、個々の参加者の関心に基づいた社会課題を考察する。

→重要なポイント

自らの社会課題をクリアーにとらえながら研究会に参加してほしい。そのために、ぜひ社会の先端にいるいろいろな人々とかかわってほしい。

 

10月・11月は、現状認識のためにギデンズ『親密性の変容』を輪読する。家父長制という近代的制度を乗りこえた個人が築く「純粋な関係性」とはどのようなものかを考察していく。

→なぜギデンズを取り上げるのか?

ギデンズの『親密性の変容』は、近代が前提としていた公と私の分離があいまいになっていく過程を指摘している。

たとえば、明治維新以降、新中間層と呼ばれる地方から都会へ出てきて単婚小家族を形成した人々から、われわれの親の世代までは、公的空間で働いて稼ぐ男性と私的空間である家庭内でいわゆる「シャドウ・ワーク」に従事する女性、という役割分担が明確であった。しかし、われわれの世代がこれから10年後、必ず結婚して男性だけの収入で家庭を維持するとか、女性を専業主婦のままにしておくということはあまり現実的でない。

そうなったときに、われわれを取り巻く人間関係はどうなるのか。与えられた役割ではなく、個人としてアイデンティティ形成を行い、他者と関係を取り結んでいく必要がある。

このようなことを考え議論するために、この本を取り上げた。

 

11月・12月は、個人間で取り結ばれる関係性の原理を近代において体系的に論じた古典であるスミス『道徳感情論』のsympathy概念を検討する。

→なぜギデンズの次にスミスを取り上げるのか?

スミスは、スコットランド啓蒙の系譜を汲み、『道徳感情論』によって人間のSympathyによる道徳性の理論化を行い、『国富論』によって社会の自生的秩序の形成を論じた。スミスのSympathy論は、そのヒューム批判からも明らかなとおり、他者の状況理解とそれへの共感が基となっている。つまり、対等な個人間における関係性を前提とした理論である(逆に、奴隷をこき使ったところで奴隷に申し訳ないという感情は生まれないだろう)。

近代は諸個人の平等を旗印にしたが、フランス革命後早くもオランプ・ド・グージュの女権宣言によってその虚構性が暴露された。つまり、近代における諸個人の平等は言葉ばかりで、実質は財産があり知的水準の高い一部の「市民」の間の平等でしかなかったのである。ゆえに2月革命が勃発し、マルクスのブルジョア批判が功を奏するという全ヨーロッパ的ムーブメントが19世紀中盤から進んでいく。

その中で、対等な諸個人の平等を前提にしたスミスの道徳理論は哲学以外の分野から等閑視されたといえる。しかしながら、今日の「再帰的個人化」の時代においては、「親密性の変容」によって諸個人がより平等でより対等な関係を取り結ぶようになる。そこで、スミスの道徳理論が現実的に有用になってくるのではないか。いまこそ、非常に先端的な議論としてスミスを読み直すことができるのではないか、というのがスミスを取り上げる理由である。

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