第一回で話したこと

本研究会の内容

 

本研究会では、人々の間の共同性や関係性の多様なあり方を学び、個々の参加者の関心に基づいた社会課題を考察する。

→重要なポイント

自らの社会課題をクリアーにとらえながら研究会に参加してほしい。そのために、ぜひ社会の先端にいるいろいろな人々とかかわってほしい。

 

10月・11月は、現状認識のためにギデンズ『親密性の変容』を輪読する。家父長制という近代的制度を乗りこえた個人が築く「純粋な関係性」とはどのようなものかを考察していく。

→なぜギデンズを取り上げるのか?

ギデンズの『親密性の変容』は、近代が前提としていた公と私の分離があいまいになっていく過程を指摘している。

たとえば、明治維新以降、新中間層と呼ばれる地方から都会へ出てきて単婚小家族を形成した人々から、われわれの親の世代までは、公的空間で働いて稼ぐ男性と私的空間である家庭内でいわゆる「シャドウ・ワーク」に従事する女性、という役割分担が明確であった。しかし、われわれの世代がこれから10年後、必ず結婚して男性だけの収入で家庭を維持するとか、女性を専業主婦のままにしておくということはあまり現実的でない。

そうなったときに、われわれを取り巻く人間関係はどうなるのか。与えられた役割ではなく、個人としてアイデンティティ形成を行い、他者と関係を取り結んでいく必要がある。

このようなことを考え議論するために、この本を取り上げた。

 

11月・12月は、個人間で取り結ばれる関係性の原理を近代において体系的に論じた古典であるスミス『道徳感情論』のsympathy概念を検討する。

→なぜギデンズの次にスミスを取り上げるのか?

スミスは、スコットランド啓蒙の系譜を汲み、『道徳感情論』によって人間のSympathyによる道徳性の理論化を行い、『国富論』によって社会の自生的秩序の形成を論じた。スミスのSympathy論は、そのヒューム批判からも明らかなとおり、他者の状況理解とそれへの共感が基となっている。つまり、対等な個人間における関係性を前提とした理論である(逆に、奴隷をこき使ったところで奴隷に申し訳ないという感情は生まれないだろう)。

近代は諸個人の平等を旗印にしたが、フランス革命後早くもオランプ・ド・グージュの女権宣言によってその虚構性が暴露された。つまり、近代における諸個人の平等は言葉ばかりで、実質は財産があり知的水準の高い一部の「市民」の間の平等でしかなかったのである。ゆえに2月革命が勃発し、マルクスのブルジョア批判が功を奏するという全ヨーロッパ的ムーブメントが19世紀中盤から進んでいく。

その中で、対等な諸個人の平等を前提にしたスミスの道徳理論は哲学以外の分野から等閑視されたといえる。しかしながら、今日の「再帰的個人化」の時代においては、「親密性の変容」によって諸個人がより平等でより対等な関係を取り結ぶようになる。そこで、スミスの道徳理論が現実的に有用になってくるのではないか。いまこそ、非常に先端的な議論としてスミスを読み直すことができるのではないか、というのがスミスを取り上げる理由である。